liquid universe

「Je veux dormir pour toujours.」

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またひとつ年をとるのに、何か思ったかというと....
何にも思ってないです。感慨深い、とかもないし。
新しい私、とか定型文で言うけど、実際感じてないよ、そんな風には。
だって、新しくないもん、何も。
変わらないよ、0時回って日付変わったからって、"引き続き"の私。
悲しくも嬉しくもあるのは、また過去の自分からひとつ遠ざかったんだなってこと。
時間だけは積まれて、選択肢は増減わからない、成長しない心は置き去りだ。
未来に近付いて、終わりに近付いた。

カラダも心も、アンチエイジングは今後廃れていくという。
加齢に抗うのではなく、美しく時を経ていこう、ということらしい。
でもそんなにすんなり転換できるのだろうか.....
そりゃあいつまでも美しく豊かになり続ける心とカラダがあるなら素晴らしいでしょう。
無理に時の流れに逆らおうとせず、ありのままが一番とされるのは、安心感がある。
でも我が事になると、ひねくれてしまう。まるで"勝者"の言葉だなぁって。

外見も気持ちも、趣味もシゴトも、思ったが吉日ってのはよーーーくわかる。
本当は、どうせ~とか、だって~とか、でもでも~とか言いたくないの。
が、しかし、思っちゃうことがあるのです。
ママだろうがOLだろうが芸能人だろうがヒキコモリだろうが学が無かろうが天然だろうが
何事も、遅すぎることはないよね、"若ければ"。
そう、若ければ、まだ全然問題じゃないのよ、目指すその未来は無限大。←
そこから若さを取ると、途端にあちこち不意になる。言葉を濁す。
そんなことはない大丈夫まだイケル、と
様々なことは年齢に関係なく始められる、と
年齢はただの記号でしかない、と
世間の多方面で言われてるけど
それはあらゆること全~部、全般的に見ての"範囲内"で

自分の望む分野において、"求められる年齢"は確かにあるの。
(個人の希望からくる"求める年齢"とはまた別の話)
どんなに望む側が、そんなものは関係ないです、可能性あります、と言っても
欲しがられてない、求められてないもの(自身)の押し売りはできない。
その分野において、今後の需要がなければ、当然のこと。

だから疑いの心は持ち続けてここにいる。
いつでも間に合う、今からでも大丈夫、は本当か。
可愛いが痛いに変わる境界を、目敏く見つけては怯える日々はこれからも続くのか。
そうでなきゃならない、なんてことはない、どこにだって可能性がある、とか
いつだってrestartできる、とか
周囲の為、自分の為、年相応の言動をせよ、とか
矛盾を突っつきたくなる性分でも、果たして夢は見られるのか。
きっとこれは所謂、負け犬の遠吠え。
考え続けているうちに、時間は流れ、好機を見逃してゆく。
着実に、"大丈夫"じゃなくなる明日を、今日の日を経て、作り出している。

私にとって、誕生日とは、こういうことを思い巡らすことです。
お祝いの感覚を失ってきたのは一体いつからだろう。

つまり、私はもう若くはないって話。(自戒)


後記;
親に感謝、の気持ちは、多少はあるのです。
自分のことが本当は大好きで甘やかしぃで、だけどちゃんと大切にする方法がわからずに終わりを考えるこの私を、なんとかここまで育ててきて、今も世話しているのだから、偉いと思うのです。
ごめんね、まだ、産んでくれてありがとうと心から言えない。
誰かが消えるとき思うかもしれないが。

後記2;
お祝いを伝えてくれた方々、ありがとう。
その記憶の隙間に、時間を割いてくれたことに、感謝します。