liquid universe

「Je veux dormir pour toujours.」

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前々から、話をまとめるの下手だったけど、
いろいろ再開して、ますます文章書くの下手になった気がする。

まず語彙力少なすぎ。
文の繋ぎ方拙すぎ。
綺麗に綴ろうとは思わず(どうせ綺麗には書けないのだから)、思いつくままに吐き出そう、それが自分のスタイルだ、って思ってやってきたものの、さすがに散文すぎ。
言葉を綴るのが好きだ。人の文章を読むのも好きだし、好みの言葉を集める行為が楽しみ。
なのにやりすぎると段々とただの作業になりがち。
何度、何を、何処で書いても、自分の文章はいつみても汚い、と感じる。
その行為自体が何かの発散方法、であるはずなのに、出来上がっていくものはどれも他愛もなくくだらなくつまらないものだ、などと、勝手に価値を求めて落胆している。無意味。
目的の向こうに何かを欲しがっている、とは、そんなに強欲だったかな自分。

ただの日記帳でいいじゃない、と
もう何度も言われている。書きなぐるなら、吐き出したいだけなら。
塗り絵でもいいじゃない、とも。
でなければ、どうして、こういう公開された場所を選ぶのか。
TwitterInstagramも、惰性でやっている感も否めない。
とりあえず繋がっていたいというキモチ?一方的な視線を送っていたいだけ、とか。

どれもある。どっちもある。口癖かってくらい、昔から呟いてきたこと。
人に見られたくない知られたくない隠していたい。
でも、人に見られたい知ってほしい遠くから関わってほしい。
自分にとって大切な自分を誰にも知られちゃダメだよ!という自分
誰かに知られて見られてこその自分だよもっと存在を認められたいでしょ?という自分
どこもかしこも自己愛に溢れて、自身を守り、人にも可愛がられるべきという自分
そこまで強いナルシズムだからこそ、他者愛を学び早くこの内側世界から脱するべきという自分

所詮は承認欲求を満たすためかもしれない。
それが例え汚い様子でも、きっとやっていく。
上手じゃないと言いながら、文句も軽蔑も嘲笑もカモンと言いながら、
内心びくびく怯えながら、自分自身の納得する着地点も見えないまま、
恐らくまだ、こういう場所を選んで、駄文を連ねていく。
精神壊すまではやれないし、そんなおおごとにはならない。
下手なりにひっそりとやってくことになるだろうと思う。


今はストーリーばかりのインスタですが、あれはあれでなかなか有効だと思っている。
むくむくと、“ちゃんとやりたい”って気持ちが芽生えたりするけど、じゃあ“ちゃんと”って一体なんだ、っていう。
Twitterはたくさんフォローしてなかなか呟かない。
それこそ出力は↑ストーリーで済んでいて、もっぱら入力専用になりそうな予感。
フォローを追加していくことが、自己紹介だなって思う。
私は、こういう人間が、こういう物が、こういう思考が、こういう方向性が、好きなんですよーって感じで。
つまり、他者を利用して自分の嗜好を説明してるってことか。
でもいちいち私はこれこれこういう人間で~こういうのが好きで~って概念とかで説明されるよりはわかりやすい気がしない?
もちろん厳密にいえば違うところもあるけど。
それはその都度否定する感じで。そこまで労力割くほどの話題でもなければ全力否定もしないし。

今回の話、興味があれば掘り下げてくださいってレベルの内容だった。
でも改めて思うのは、こんな偉そうにべらべら語っといて、
自分の中身、ほんと語彙も知識も少ない。
てことで、これから先、本を読もうと決意した。
読んでそうに見られることが多いんだけど、真逆の人間だよ。
そういうギャップは有り難くないんで、うん、がんばる。