liquid universe

「Je veux dormir pour toujours.」

24

自分の行動が、不安で仕様がない。
大げさだって言われるかもしれないけど、
本当にショックを受けている。
今、まさに。

(笑)ってつけとこ。(笑)

真面目で、きっちりした印象を持たれがちだけど、
その実、あたしは本当にぼんやりしている。
忘れ物も多いし、時間にもルーズ。
子供の頃から、なんとか規範内の行動をしようと心掛けていたけど、それは意識を強くしていただけで、無意識ならば、本来ゆる~い頭なんだ。
鈍くさいけど遅刻をしないのは、みんなの倍の時間かけて準備をしているから。
同時スタートならば確実にビリだから。オンタイムは無理だから。
人生で、周りの大人に言われた言葉で多いのは「シャキシャキ」または「テキパキ」動きなさい、だと思う。「スピードアップ」や「同時進行」ってのもあるか。
とにかく、遅いことや見逃しが多いことが自分でもわかっていて、できる範囲のことをしようと思っているけど。
急かされると、焦る。焦ると、ミスる。でも、直らない....。
周りは決して、いつも急かしてはいないんだろうと思う。平均を求めているだけかも。でもその平均的スピードさえ、ついていけてない気がする。
「確実さ」や「丁寧さ」も大事だとわかっている。何度そうやって(そういう言い回しで)他人にフォローしてもらったことか。しかし、それをメインに設定したところで、あたしにはそれもあやふやだ。仕上がりにも過程の綿密さにも、自信は全くない。

怖いのは、どんどん悪化している気がするってところ。
鈍くさいのは元々だけれど。
本当に、いろんなこと、よく忘れる。
人の話も、最初からまるで聞いてない場合と、聞いて忘れてく場合があって、後者が増えてる気がするんだよね。
「どうでもいいことは、自分の脳に必要ないと思って、勝手に忘れてくんですよ」って優しく言われたりするけど、1分前に自分が言ったこともう覚えてなかったり、昨日話してもらったことをメモまでとったのにそのメモ自体を忘れてるって、わりと重症じゃない?
不信感が募ると思うのだけど....。

今回、自分史上でわりと大きめのうっかりがあって、とてもショックを受けているけど、
実際なんとかなりそうだし、今のとこ誰も責めなくて、怒られてもいなくて、自分が恥ずかしい思いをするだけで済むだろうから、きっとラッキーなんだろう。
世の中には、もっと重大なうっかりをやらかしてる人もいるだろうし、そこまで気にする必要もないって、たぶん、あらゆる人に言われる。

でもね。密やかに、少しだけ、持っていた不安要素が、増強された気がするよ。
年月を重ねれば、少しは人並みに近付いているものだと思っていたのに、
その逆、よりかけ離れていくようだ、と。
結局それは感覚の話ね。

比較で成り立つ世の中で、平均以上であることに戸惑う必要はないし、平均きっちりなら上にも下にも伸び代があるということだ。平均以下であることは何もネガティブであれ、ということでなく、その数値なりの、その立ち位置なりの、有り様が在る、ということだと思う。

だから悲しいのは、マイナスだとかdownだとか悪化しているとか劣化しているとか、そのベクトルをネガティブなものだと、「怖い」と感じていることだ。
今まで一度もないミスをしたとか、今までできていたことができなくなったとか、そういう感覚が自分に訪れたと気付いて、愕然としている。
完璧主義なつもりはないよ。いずれはやらかしそうだなって予感もあった。
慌てふためいても、今回泣きはしなかったし、どっかでまだ余裕があるのかも。
「結果どうにかなるんだから、思いつめないで」と言われて、もちろん理解している。
ただし、パニック!な様子は隠しきれないね...。
今頃、無意味な緊張をしていて、当時ほとんど緊張感のない自分を振り返ってもう馬鹿としか言い様がない(笑)

怠惰、鈍くさい、ルーズ、のんびり、...
自覚?というよりもはや暗示。
どうして、と問うても、こうであるから、としか言えない。
自問自答も、自問他答も。

ああ、不安だな。
この世を生きていくのは。
時代の波とか、世間の波とか、人生の荒波とか、電波とか、
もう乗り切れないよ...。

 

23

さて、また新しい世界と出会う。
久しぶりの外界はどんな感じかしら。
ここらへんは特に厳しいと聞いている。
人間力がどれほど必要かわからないけど
あたしはあたしを失わずにやれたらいいね。
...出だしからもうちょっとつまずいてることもあるけど。
せっかく足を踏み入れたんだから、ちゃんと実感してみたい。

毎日が、どうなるか、まだわからない。
すれ違いたくないから、ちゃんと声を発してたい。
あたしは殻の中の居心地が好きだから、またすぐに戻りたくなるかもしれない。
人の名前をちゃんと覚えられるかな。
聞いているようで、違うこと考えてる、なんてことがないように。
「初めましてでも物怖じしない」と自己紹介したとき、「そのようですね(ニッコリ)」と返されたけど、たぶんほんとは違う。初めてでも慣れ親しんでても、人と話すのは緊張するし、オープンなわけではない。同時に「もうどうでもいっか~」っていう気分も持ち合わせている。だから、平気なように見えてるだけ。

自分自身を見られるのは、とても疲れるだろうな。
昔に比べたら随分短い時間だけれど。
体力も、人間耐性もつけていかなきゃな。
ビビリなあたしは始まる前からいろいろ考え込みがちだけど
まあ、そんなことしてても始まっちゃいます。

 

22

いろいろな所に"自分"を設けるとね、
広がっていくとか、大きくなっていくっていうより、
どんどん分裂していってる感じがする

熱し易く冷め易いから、
たくさん手を出しても、大成せず、
ひとつひとつさらにバラバラになっていく感じ

この"感じ"の名前を、あたしは知らない
もう随分と昔から、こっそり、味わっていたと思う

この分裂していく感じ
解離していく感覚
曖昧にもやもやと絡み合ってたものが、意識した途端、バラバラに飛び散っていく この、感じ

それは、あたしと人、かもしれないし
あたしと物 とか、記憶と言動 とか、かもしれない。
自分にベクトルを向けるほど、意識が遠くに伸びていく気がした。
子供の頃の帰り道、友達との会話より、犬の気持ちに興味があった。
"自分"だと意識している部分が、少しだけ残りを置いて、いろんな方向に分かれていく感覚。
大人になっても、状況も内容も違うけど、ある。
人の意見や考え方の両極端に「どっちもアリ。どっちの気持ちもわかる」と思い始めると、もうダメ。
統一感の無い自分に、だんだん、だんだん参ってくる。

点在する自分が愛しいわけでないなら、
そもそも辞めるべきでしょう
散らかすのは得意で、纏めるのは苦手

日常の会話から、普段の思考から、
言い訳を見つけては、「でも」を繰り返していて、
相反するものを持ち寄る度、引き合わせられる度、
それぞれに頷いて、わかったふりをしている

どれも嘘ついてるつもりなんかない、というと、
どれも本当じゃないのでは?という指摘。
まったく、その通り、だと思う。
とにかく素直になったら、ますますバラバラになるばかりだ。

この先、あたしはこの感じの名前を知るだろうか。
あっちこっち行って、時々、自分で収拾つかなくなる気持ちもあるの。
ペリペリと剥がれていく感覚や、散らばっていく感覚も。
そうして本体はひとつなのに、どこかひとつじゃないような...
これは、終わらせられるものなのかすら、わからない
他人事みたいな、自分事。

21

何も話したくない、と思っていたのに、
喋りだすと止まらないの。
黙っていることにしよう、と決めたのに、
どうしたの?って訊かれたら、必要以上に答えてしまう。

あたしから、あたしでないものになるにはどうしたらいいのか、ずっと探し続けている気がする。
親にもらったこの存在を、蔑ろにしたいわけじゃないけど。

自分の中身はとても少ない。
本もそんなに読むわけじゃないし、知識も語彙力もない。
出歩かないし行動に出るまでが遅いから、経験値もない。
何かしら技術を持ってるわけでもないし、人として何か心得てるかっていうとたぶん、そうでもない。
薄っぺらだから、どんどん内側に掘り進んでしまうの?
もっと外界に興味があったら、繋がりが持てたら、違うの?
出力したい欲だけ、何故か、焦りと共に結構あるのに、入力を積み重ねていないから、薄ーい表現だけ。
覗いても、振っても、空っぽ。
そんな風に、思ってる。

失えるだけの、自分があったら、素敵だね。
ごめん、あたしにはよくわからないけど。

優しい人に会うと、"いつも通り"甘やかされている気がするし、厳しい人に会うと、自分のことではないように感じてくる。

最近「しょーがないなー」って言わないようにしてるの。
実際、どうもこうも、何もしてないことが多いから。ため息つく場所なら、他にもあるだろうかと。

20

ここは借り物だけれど、あたしの場所だから、
好きなように書くと思う。
それを、偉そうだとか、生意気だとか、馬鹿馬鹿しいとか、あと、不快に感じるんだったら、どうか、そっと回れ右で帰って欲しい。
あたしはそうやって、予防線を張るくらいには、打たれ弱い人間だ。

怒られることがとっても苦手。
嫌われるより、無視のほうが恐い。
でも、自分は平然とそれをやる。

恥ずかしがりで天の邪鬼。オープンマインドでありたい。ミステリアスでもありたい。明け透けに話をして、秘密も持っている。

どうして信じることが苦手なんだろう。
信じてしまっている時も、あるのに。
自分が一番疑わしいから、あれもこれも裏を取りたがるのか。
確信が持てないことばかりで世の中はできてる、と何度も思うのに、中を掻き回して、何も掴めないことに鬱したり。

相手の気持ちとか、先の行動とか、考え過ぎるわりにそれを汲み取って(組み込んで)表現できない。
だから思いやりにもならないし、親切でもお節介でもない。
あたしの中でうねる海流は、一向に船を外には出さない。ただループして上下に波打ってるだけ。思いついては沈めてる。

もっとたくさん勉強していれば、思考の渦に浸らなかったのかもしれない。
考え過ぎる癖がつく前に、余計なことを考えられないほど、知らないことを追究して、新たな知識を得て、次々と触れては手放してゆけば、ほとんど変わり映えのしない、ひとつの思考の渦に捕らわれることはなかったのかもしれない。

でも今結果は、こうだから。
何を言っても、過去に妄想しても、今こうして育ってきてしまったから。

あたしはあらゆるものに影響されて形作られているけど、それをあたしだと決めているのは、自分だ。
手放したいものが、確かに、ある気がする。手に入れたいものも、もしかしたら。

 

19

「いつまでも子供でいたい」
なんて、本当に子供の時は思っていなかったから
思うようになってから が、大人になってしまった時なのかな。

見た目が若く見られたって、頭の中はどんどん溶けていて、
今ならば、カラダだって、もはや自分の理想ではないし、
外見は時間に追いつき、追い越しているかも。
中身の方も、正体不明の何か の減少は加速度を増している。

現実的に、何もかも“遅くない”と言われる。
始めること、続けること、終わること。
そうかもね、としか言い返せない。
正直、あたしには去年までしか人生設計がなかったから
(正確にはさほど計画はなくて、なるようになる精神だけれど)
今は予定外の延長戦なんだ。
だから、意志が欲求がイマイチわかんなくて、戸惑ってる。

実際の毎日はぽ~~~~~っとしていて
何かやりなさいよ、と周りに急かされても、うんうんと返事をするだけ。
毎日朝起きて洗濯して掃除して料理して、合間にふんふん歌ってしっかり眠る。
不登校児の頃と比べたら、随分と健全な日々だと思うんだけど。
まぁ、運動が足りないくらい?
それも辛うじてある外出として買い物には歩いて往復してるし。

でもね。
「それがあんたのやりたい人生かい?」と言われて
なぁんにも言えなかったよ。

求めた結果か?と訊かれたら
さあ?、って。
こうなるべくしてなったかはわからない。
こうなりたいと願ったのかも、わからない。

そういう今が、ここにあって。
大人なんだなぁ、とか、大人なのになぁ、とか、
まともそうなことを思いながら(反省しながら?)
現実からどんどん乖離してく感覚に揺られる。

18

思えば人生苦しかったと思う。
忙しかったと思う。
カラダとか、置かれてる状況とかではなく、中身が。
こんなに甘えきって生きてきて何を言うか!という感じだけども。

考えて考えてその結果があるのかな
悩んで悩んでいつか答えを見つけるのかな
それこそ何も知らないのに、何故か良い方向の想像もせずに、
勝手に悶々として、晴れやかな気持ちになったことが、無い。

ちいさい頃からずっと抱いている疑問がいくつかある。
でも、それらを本当に知りたいの?と訊かれると、...別に、と思う。
一瞬の好奇心を持ち続けたまま、昇華せずにあるような。

わからないことを、丁寧に教えてもらうのが好きだ。
あたしは常々喋り過ぎてしまうけれど、話を聞くことも嫌いじゃない。
ただ、頭の中は廻り続ける、相手の言葉と自分の思考どれもこれもなんもかんも。

昔話。
学校の成績がわかりやすく下がったとき、
「ああ、やっぱりあたしは馬鹿なんだ。やっと証明できた。」と思った。
(まぁ、単に授業に出ていないから、もうそれはそれは知らないことだらけのテストだった。)
小学校、宿題をただただ忘れずにやっていたら、頭がいいというイメージに当てはめられて。
そういう風に扱われて、信じて、調子に乗ればよかったのかもしれない。
だけど、現実、違和感しかなく、大人になっても、自分のことを頭がいいと思ったことはない。
小説のような作文を提出することや、得意不得意が特別無いということ、そういうのは頭がいいのではなくて、ただ考え過ぎていただけだ。
実際、途中退場ばかり繰り返している自分が優秀なはずはない。
「なんでも先回りして人よりたくさん考えてしまうのね」と、仲良しの保健室の先生に言われた。
それは褒め言葉ではなく、ただ現状を表しただけ。

あたしはスピーディーな人間ではない。快活、とも程遠い。
どんだけ寝かせるんだっていうくらい決断は遅いし、ものすごく迷う。
でも、頭の回転が速い、と人は言う。
あたしと時間を共にした人は、ほとんど同じような言い方をしてた気がする。
そして、頭の中だけでストーリーが猛スピードで進行していて、自身の行動や現実は、何一つ動いていない、とも。
放っておけば、どんどん自身の内側へ潜っていく思考。
スピードも構造も違うのかもしれない。
それは、決して優劣ではなく、善悪でもない、ただ“そう”なんだろう。

人生の半分以上続けていることに、今更変革なんてあるのだろうか。
否、不変であるとも思えない。
考えることは止められない、ならば、内容を変えてみよう、そう努力しよう、と、あるとき思った。
でも矢印が、角度が変わっただけで、あたしは次第に辟易していく。
やっぱり根本的なものはある。どうして、とまた新たな疑念を抱く。

流れを一瞬だけでもいい、止めて、楽に息してみたい。
何も知ろうとしないあたしは、どこに行ったら捕まえられるの。